1. 願望実現のスタート地点に潜む矛盾とは。
初めに願望を持つことは、一見前向きな行為に思えます。
しかし、「願望実現を目指す」と考えた時点で、
自分にはそれが「ない」という前提を持ち、それを埋めようとする動きになってしまいます。
「願望」は「不足」の象徴です。「ない」と認識しているものを、
「すでに叶っている」と思考で理解しようとしても、現実との矛盾が生じ、混乱を招きます。
その結果、「ない」という意識が強化されることすらあるのです。
2. "ない"を認めることの重要性について。
それならば、無理に「ある」と思い込むのではなく、
- 「ああ、自分は今これを『ない』と認識しているんだな。」
- 「『ない』と認識していることに苦しんでいるんだな。」
と、まずはそのまま認めることが大切です。
「ない」けれど「ある」と無理に誤魔化しても、
思考が「あるのなら、どこに? いつ手に入る?」と問いかけ、最終的に「やっぱりない」と結論付けることになります。
3. 願望とメソッドの落とし穴とは?
多くの人は願望実現のためにメソッドを試します。
しかし、
「メソッドをやれば手に入るらしい」という思考の前提には、「今はない」という意識が隠れています。
どんなに効果的なメソッドであっても、「ない」という意識から始めると、結局「ない」という状態が継続してしまうのです。
「願望(ない)」→「実現(ある)」という言葉を使う時点で、思考の土俵に乗ってしまっています。
思考で考えれば考えるほど、「今、ない」という結論に行き着くのです。
4. 立ち位置を変えることが鍵となります。
「ない」立ち位置に立ったまま、
行動だけ変えても、考え方だけ変えようとしても、本質的な不足感は消えません。
これは、コミュ障の人がリア充になろうとして、表面だけ陽キャを真似するのと同じです。
無理をするとかえって苦しくなります。
大切なのは、自分を無理に変えるのではなく、立ち位置を変えることです。
願望に振り回されて苦しむのは、自然な状態ではありません。
それは「現実=主」「自分=従」という関係になってしまっているからです。
しかし、本来は「自分が主」「世界が従」であり、世界は自分を楽しませるために存在しているのです。
5. 瞑想で願望と距離を置く事に意味がある。
願望を「エゴ」として切り分けて見ることは、瞑想の思考観察と同じです。
「なんでこんな無謀な欲求やネガティブなことを考えるんだ?」と、一歩引いて眺めることで、それに縛られなくなります。
思考を切る、分けることに集中しすぎると、
「多重人格になりそう」と考え出すこともありますが、それも含めて俯瞰することが大切です。
瞑想は宗教ではなく、潜在意識を認識するための手法にすぎません。
6. まとめ
願望実現とは、本来「ある」ものを「ない」と認識してしまっている状態から脱却することです。
願望に執着しすぎると、「ない」という意識が強まり、叶いにくくなります。
「なんか知らんけど、気づいたら叶ってた。」というくらいの軽い気持ちで、
願望に振り回されないように、日常を大切にすることが、本当の意味での願望実現への近道なのです。
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